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ITOKI DESIGN HOUSE

JOURNAL

“座る”から、働く風景を変えていく。ミラノサローネ2026に見る「NII」の挑戦

Salone del Mobile. Milano 2026
会場は、Kartellなど有名ブランドが並ぶホール22。photo: OOKI JINGU

今年4月、世界最大規模のデザインの祭典「ミラノサローネ国際家具見本市2026(Salone del Mobile. Milano 2026)」が、イタリア・ミラノで開催されました。インテリアとデザインの最前線が集まるこの舞台に、イトーキが展開するブランド「NII(ニー)」が初出展を果たしました。

昨年発売したコレクションに加え、今回は「HAKUSAN(ハクサン)」「BIWA(ビワ)」「ALLROUND(オールラウンド)」という新コレクション3製品を発表。そこに共通していたのは、単なるオフィス家具ではなく、人が自然と集い、対話し、関係性を育むためのデザインという視点でした。変化を続けるワークプレイスに対し、NIIはどのような風景を提案したのか。ミラノで反響を呼んだ新作とともに、その思想を深堀します。

「NII」が描く、これからワークプレイス

ここ数年、私たちの「働く環境」はかつてないスピードで変化を続けています。在宅ワークやハイブリッドワークの普及は、オフィスという空間の定義を書き換え、そこで求められる家具の在り方も変化を迫られています。そうした時代の転換点において、ワークプレイス市場に向けて立ちがったのが、イトーキのオフィスファニチャーブランド「NII」です。

PIGNA(ピグナ)
ミラノサローネでの会場風景。右上に見えるのは、昨年発売されたミケーレ・デ・ルッキ率いるデザインスタジオ「AMDL CIRCLE」の「PIGNA(ピグナ)」。photo: OOKI JINGU

NIIのブランドコンセプトは“Ingenious design — 創意創発するデザイン” 。NIIが目指すのは、単なる機能性や効率性だけではありません。働き方の多様化が進んだ現代のオフィスに求められるのは、効率性と利便性だけを追求した作業場ではなく、「人が自然と集い、つながり、刺激し合う活気ある舞台」へと変えることです。

クリエイティブディレクターを務めるのは、SONYでの経験をもつイトーキの田幸宏崇。国内外の第一線で活躍するトップデザイナーたちをパートナーに迎え、互いの知見を交差させながら、プロダクトを通してこれからの働く風景をかたちにしています。

可動するブラインドで仕切る会場のデザイン。
可動するブラインドで仕切る会場のデザイン。photo: OOKI JINGU

今回のミラノサローネ2026で発表された3つの新コレクションは、「HAKUSAN(ハクサン)」「BIWA(ビワ)」「ALLROUND(オールラウンド)」です。

昨年発表されたコレクションでは、ソファやテーブルなど、空間をゆるやかに仕切る役割を担う大型家具が中心でした。一方、今回の新コレクションでNIIが焦点を当てたのは、「座る」という行為そのものです。田幸はこう語ります。

「NIIで掲げているのは、『エンジニアリング』『デザイン』『アイコニックであること』、さらに『コンフィギュレーション』や『会話を促す仕掛け』です。今回は、前回よりもオフィスに取り入れやすく、価格も抑えた、よりスタンダードな家具を提案しました」

今回の3つのプロダクトには、長年ワークチェアを開発してきたイトーキならではの知見が色濃く反映されています。単に“座るためのチェア”ではなく、人の動きやコミュニケーションを支える存在として、それぞれ異なるアプローチが試みられました。

HAKUSAN(ハクサン)―― 扱いやすさを極めた、新しいスタンダード・スタッキングチェア

「HAKUSAN」は、無印良品やハーマンミラーなどのデザインも手がける、サム・ヘクトとキム・コリンによるデザインスタジオ「Industrial Facility」が担当しました。田幸は、このチェアの特徴をこう語ります。

「アルミダイキャストとスチールフレーム、そして1枚の成型合板シェルという、非常にシンプルな構成です。スチールには、量産品のパーツも活用し、一般的な規格寸法のパイプを採用することで、コストを抑えました。座り心地を担保しながら、軽く、スタッキングしやすいチェアになっています」

HAKUSAN
生産工場がある石川県白山市がその名の由来の「HAKUSAN」。価格は¥62,000〜。photo: OOKI JINGU

フレームとアームレストが一体となった流麗で伸びやかなシルエットは、視覚的な軽やかさを生み出すと同時に、構造としての圧倒的な強さを担保。チェアを持ち上げたり移動させたりする日常の動作を分析し、重心をアームの真下に配置する設計が施されています。そのため、チェアを持ち上げたときの不快な揺れが抑えられ、実際の重量よりもはるかに軽く感じられるよう工夫されています。また、前方から自然に手を掛けられる構造により、最小限の動きでスムーズにスタッキングすることが可能です。

Industrial Facilityは、2002年にロンドンで設立したデザインスタジオ。無印良品やハーマンミラーなどでの経歴をもつ。英国王室認定産業デザイナー(Royal Designer for Industry)の称号を持ち、作品はニューヨーク近代美術館などにも収蔵されている。
Industrial Facilityは、2002年にロンドンで設立したデザインスタジオ。無印良品やハーマンミラーなどでの経歴をもつ。英国王室認定産業デザイナー(Royal Designer for Industry)の称号を持ち、作品はニューヨーク近代美術館などにも収蔵されている。photo: Yuta Sawamura

「HAKUSAN」は、日々のオフィスワークの中で繰り返される何気ない動作を通じて初めてその真価が体感されるプロダクト。これからのオフィスの風景に静かに馴染みながら、長く愛用される新たな定番となるポテンシャルを秘めているといえるでしょう。

BIWA(ビワ)―自由な姿勢を受け入れる、包容力に満ちたタスクチェア

イトーキのプロダクトデザイナー・和田光平が手がけた「BIWA」は、これまでのオフィス用のワークチェアの概念を揺るがすチェアです。田幸は、その発想の原点をこう語ります。

「一般的なラウンジチェアは、身体を優しく包み込んでくれますが、基本的にはリクライニングしません。一方、オフィスチェアは人の動きに合わせて大きく可動します。『心地よさを求めるラウンジチェアが固定されていて、仕事をするチェアのほうがリクライニングする』というのは、どこか逆なのではないかと思っていました」

BIWA
「BIWA」という名前は、身体を優しく包み込む包容力あるシルエットが日本の伝統楽器「琵琶」に近いこと、琵琶湖に近いイトーキの滋賀工場で製造されているという背景から名付けられました。photo: OOKI JINGU

そうした問いから生まれたのが、ラウンジチェアのような包容力あるフォルムに、「アンクルムーブ・シンクロロッキング」を組み合わせるという発想です。身体を預けながらも、自然な動きに追従する。BIWAは、リラックスとワークの境界をゆるやかに横断するチェアとして設計されています。

近年、オフィスでは姿勢を正してパソコンに向かう時間だけでなく、少し身体を斜めに傾けて思考に耽ったり、リラックスした状態で同僚と対話したりするシーンが増えています。BIWAは、そうした変化に応えるために、側面まで回り込んだ背で姿勢の自由度を高めています。その上で、座面昇降や背もたれの傾斜、初期位置でのロッキング固定といった、本格的なワークチェアとしての機能も備えています。

2006年に入社し、ITOKIでの開発の最前線を担ってきた和田。機構設計や構造設計といったエンジニアリングの経験と、エルゴノミクスの知識を背景に、機能性と座り心地、そしてスタイリングを高い次元で融合させたチェアデザインを得意とする。
2006年に入社し、ITOKIでの開発の最前線を担ってきた和田。機構設計や構造設計といったエンジニアリングの経験と、エルゴノミクスの知識を背景に、機能性と座り心地、そしてスタイリングを高い次元で融合させたチェアデザインを得意とする。

また、滑らかに連続するシェル形状の背もたれから、まるで浮遊しているかのように独立して配されたショルダーレストが、機能性だけでなくアイコニックな印象も生んでいます。ラウンジチェアのような佇まいを崩さず、オフィスからカフェ、ホームオフィスなど多様な空間にも調和する。BIWAは、“働くためのチェア”という枠組みそのものを、静かに更新しようとしています。

ALLROUND(オールラウンド)―空間を滑るように移動する多機能スツール

「ALLROUND」は、NIIのクリエイティブディレクターである田幸宏崇が自らデザインを手がけたプロダクトです。一本脚による極めてミニマルな構成は、まるで彫刻のような静かな存在感を放っています。

TOTO株式会社、ソニー株式会社を経て、2024年にITOKIに入社、NIIのブランドを立ち上げた。
TOTO株式会社、ソニー株式会社を経て、2024年にITOKIに入社、NIIのブランドを立ち上げた。photo: Yuta Sawamura

特徴的なのは、ベース下部にキャスターを内蔵している点です。外からはキャスターが見えないため、静止しているときはソリッドなオブジェクトのように見えます。しかし一度腰を掛けると、驚くほど滑らかに移動する。そのギャップが、このスツールならではの軽やかさを生み出しています。

「以前は学校の研究室とか理科室のような場所だけでしたが、オフィスにスツールが並ぶ空間が増えた気がします。ワークショップなどでもスツールを使う場面が増えたのですが、席を立って壁に付箋を貼りに行くと、戻ったときに誰かに席を取られている。そんなときでも座って席を確保しながら動くことができます」

規格の小さいキャスターにするとカーペットやラグで動きにくくなりますが、そのサイズバランスも考えて設計しました。金属製でありながら、複数並んだ際にもどこか柔らかく見えるよう、フォルムや質感にも配慮しました。名前には“オールラウンダー”のように、多様な使い方を受け止める存在でありたいという意味を込めました」

左はカウンターなどで使用できるハイスツールタイプ。ハイスツールタイプにはキャスターは付属しない。
左はカウンターなどで使用できるハイスツールタイプ。ハイスツールタイプにはキャスターは付属しない。photo: OOKI JINGU

また、「ALLROUND」は、スツールとして腰掛けるだけでなく、ときにはノートパソコンや資料を少し置くための簡易的なサイドテーブルとしても機能します。過度に自己主張をすることなく、人の動きやコミュニケーションの結びつきに、どこまでも自然に追従する存在なのです。

これからのワークプレイスが求める「チェア」とは?

NIIのブースに展示された新作3製品は、会場を訪れた世界各国の建築家やインテリアデザイナー、ジャーナリストたちから大きな注目を集めました。

しかし今回NIIが提示していたのは、単に「座るための道具」ではありません。人が自然と集まり、姿勢を変え、会話を交わしながら思考を深めていく。そこに集う人々の関係性を引き出し、偶発的な対話を生み出し思考を高めるためのアイテムであり、これからのワークプレイスに求められる風景そのものだったのです。

「HAKUSAN」「BIWA」「ALLROUND」の3コレクションは、2026年6月以降、発売予定です。働き方が変化し続けるいま、NIIが描くチェアのあり方は、これからのオフィス空間に新しい活気とクリエイティビティの発露をもたらすはずです。

Photo : OOKI JINGU 、Yuta Sawamura
Text : Michiko Inoue
Edit : Takahiro Shibata(Kichi)