新たな「働く」文化を発信する。
ITOKI DESIGN HOUSE

JOURNAL

滋賀のチェア工場が「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」へ。ひらかれた拠点へと進化する、ものづくりの現場

「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」1階の社外共創フロア。現在のラインナップのほかに、壁面にはイトーキの歴史をつくってきた椅子たちを展示。

滋賀県近江八幡市にある滋賀工場は、イトーキの椅子やキャビネットを生産する中核拠点。年間約24万脚もの椅子を製造し、イトーキのものづくりを支えてきました。2026年1月、この工場のチェア棟を全面改修し、「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」としてリニューアルオープンしました。どのような思想と構想のもとに、生まれ変わったのか。社長の湊宏司、設計を担当したワークスタイル本部の松木陸、チェア開発室の近藤駿介が語ります。

全国各地に広がる「ITOKI DESIGN HOUSE」

東京・日本橋の本社と青山のショールームを皮切りに、仙台など全国各地でオープンが続く「ITOKI DESIGN HOUSE 」。ここは「働く」をデザインするクリエイティブハブとして、ショールームやラボといった機能を備えています。今回オープンした「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」は、全国で初めてファクトリーも含む場所となりました。社長の湊宏司は、そのコンセプトを次のように語ります。

今回の滋賀工場リニューアルについて語る、社長の湊宏司。
今回の滋賀工場リニューアルについて語る、社長の湊宏司。

「『ITOKI DESIGN HOUSE』は、働き方そのものを提案する場であり、『働く』をデザインする実験場です。今後は首都圏にとどまらず全国各地、さらには海外へも展開していきたいと考えています。

あえてオフィスではなくハウスと名付けたのは、家にいるような居心地の良さを目指しているからです。プロダクトを陳列するのではなく、実際の空間でどのように使われているのかを体感できる場所でもあります」

ミニマムなデザインの中に、イトーキの技術とエルゴノミクスを活かしたSHIGAチェア。 デザインは、プロダクトデザイナーの柴田文江氏が手がけた。

全国各地へと広がる「ITOKI DESIGN HOUSE」構想。その一環として位置づけられるのが、今回の滋賀工場のリニューアルです。滋賀工場はこれまで「製品をつくる場所」としての役割を担ってきました。今回の改修で、人と情報が行き交い、学びと検証が循環し、「共創」が自然に生まれるモノづくり拠点へと進化しました。ものづくりの現場は、どのように“ひらかれた拠点”へと変わったのか。その内容を、実際の空間をたどりながら紐解いていきます。

「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」が目指す姿

滋賀工場が建設されたのは1972年。敷地面積は約10万㎡、約500人の社員が働いています。今回リニューアルしたのは、1992年に竣工したチェア棟です。近年、滋賀工場では、社員同士や社員の家族を交えたイベントを通じて、コミュニケーションを深める活動を続けており、その結果、従業員エンゲージメントが向上しています。2022年には約50.8%だった数値が、現在では81.6%にまで高まりました。

工場での生産の様子。担当部署を作り、工場見学も積極的に行っている。
工場での生産の様子。担当部署を作り、工場見学も積極的に行っている。
工場での生産の様子。担当部署を作り、工場見学も積極的に行っている。

今回のリニューアルで目標としたのは、製造現場を「価値創出の場」へと変えること。イベントなどによるコミュニケーションの活性化に加え、製品そのものの価値を高めることが、社員のエンゲージメント向上にもつながると、チェア開発室の近藤は語ります。

「他社の工場やオフィス見学を通して、見えたことがあります。自分たちが生み出した製品、技術、知識を発信することによって、新しいコラボレーションが増え、クリエイションが加速していくのです。そういった『共創』環境を作ることを目指しました」

1階のエントランス。グリッドを基調に設計され、壁面の什器はディスプレイにも柔軟に対応する。
1階のエントランス。グリッドを基調に設計され、壁面の什器はディスプレイにも柔軟に対応する。

今回のリニューアルプロジェクトは、工場の社員や空間デザイナーなど総勢約20名が参加し、約2年の歳月をかけて完成しました。プロジェクトは、まず社員へのアンケート調査からスタート。97.8%の社員が毎日出社しているという実態のなか、「どのように過ごしたいか」を尋ねたところ、1位から5位まですべてが“ひとりで行う作業”に分類される活動でした。

日々、生産に直結する業務に従事し、出社が前提となる緊張感のある環境だからこそ、一息つける場所や、静かに集中できる空間を求めるニーズが浮かび上がってきました。さらに、理想の将来像から逆算する“バックキャスト”の視点で、目指すべき工場の姿を描いたと近藤はいいます。

工場内の休憩室には、ソファや仮眠ができるスペースも完備。
工場内の休憩室には、ソファや仮眠ができるスペースも完備。

「ひとつ目はファシリティの強化。2つ目は開発力の強化です。エルゴノミクスラボの立ち上げやDXの推進などを通じて、開発基盤を高めてきました。そこにコラボレーションが加わることによって、さらなる相乗効果を生み出したいと考えています。3つ目は人材の定着と採用の強化です。ここで働き続けたい、働きたいと思ってもらえる場所にすること。4つ目は営業力の強化。クライアントにこの場を体感してもらうだけでなく、新たなコラボレーションを生み出し、産業の発展にもつなげていけるのではないかと考えています」

共創をキーワードに、滋賀らしさを取り入れたデザイン

近年、イトーキでは社員の位置情報やアンケートをもとに、ストレスなく働けているか、パフォーマンスを発揮している社員がどのような行動を取っているのか、人の交わりがどこで生まれているのかといったデータを蓄積してきました。空間設計を担当したデザイナーの松木は、「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」においても、単に“出社したくなるデザイン”を目指すだけでなく、これらのデータを設計に活かしたと語ります。

「大きく分けて、1階と2階は『共創フロア』と呼ばれるエリアです。1階はショールームを中心とした社外向けのフロア、2階はラボなどを備えた社内向けのフロアになっています。3階は執務エリア、4階は食堂とイベントスペースです。滋賀工場では、各フロアに生産エリアとオフィスが併設されています。その特性を踏まえ、垂直・水平方向の動線だけでなく、斜めの動線も意識しながら、社員同士の交流が自然に生まれやすいプランを構想しました」

2階フロアの床。設計の基本であるスケールを意識するための壁面装飾も
2階フロアの床。設計の基本であるスケールを意識するための壁面装飾も

1階と2階には、開かれたものづくりの拠点という意味を込めて、「共創」という言葉が掲げられています。内装には、ものづくりに欠かせない“スケール感”を意識し、床や壁、天井にグリッドや目盛りを施しました。椅子の高さは、わずか1〜2cm違うだけでも座る人の目線に変化をもたらします。そうした身体感覚の差異を実感できるようなデザインも、随所に取り入れられています。引き続き、松木が内装について語ります。

「1階のエントランスには、製品の安全性を確認する試験室をのぞくことができる小窓を設けました。イトーキ製品のひとつの特徴は安全性と耐久性にあります。その試験の様子を見ていただけるようにしたのです。展示室では、椅子の座面の裏側まで確認できるよう展示台を高めに設計しました。さらに奥には、イトーキの長い歴史の中で生まれた“レガシー”ともいえるチェアが並んでいます」

1階の社外共創フロアの奥には、歴代の椅子が並ぶコーナーを常設。
1階の社外共創フロアの奥には、歴代の椅子が並ぶコーナーを常設。

「2階は、設計・開発メンバーをはじめ、他拠点や異部署のメンバーが集い、議論と検証を重ねる社内向けの共創フロアです。スタジオのほか、エルゴノミクスラボも備えています。ラボには、人の動きを捉えるモーションキャプチャー用のセンサーや、座り心地を計測するためのセンサーを設置しています。以前はオフィスの一角に設けていましたが、今回のリニューアルにあわせて、データと身体感覚の両面から設計を検証できる環境として新たに整備しました」

2階、エルゴノミクスラボのサイン。コピーにITOKIの思想がにじむ。
2階、エルゴノミクスラボのサイン。コピーにITOKIの思想がにじむ。

2階の開発チームが使用するオフィスは、用途に応じてフレキシブルに使えるレイアウトになっています。また、MR(Mixed Reality:複合現実)技術の導入により、東京本社をはじめ各拠点が同じ立体物を目の前に見ながら議論・検証できるスタジオも新設されました。

「壁一面にプロジェクターでオフィス空間を再現できるスタジオです。試作品が実際の空間でどのように見えるのかを、VRゴーグルを使って体験できます。東京の企画チーム、デザインチームと滋賀の設計チームをWEBで繋ぐこともできるため、開発のスピードを高めることが可能になりました」

VRを使い遠隔でもスムーズなコミュニケーションを図れるスタジオ。
MRを使い遠隔でもスムーズなコミュニケーションを図れるスタジオ。

「3階は、生産管理や庶務、経理など、縁の下の力持ちともいえる社員たちが働く執務フロアです。今回、新たに『没頭エリア』と名付けたスペースを設けました。“没頭”という言葉は、工場の社員とのワークショップの中で生まれたものです。単なる“集中”ではなく、ひとりでも、あるいは複数人でも、夢中になって取り組める状態を表しています。単なる効率の向上ではなく、仕事と深く向き合える時間をどうつくるか。その問いから生まれた空間でもあります」

3階の没頭エリアは、時間帯に合わせて集中しやすいように音や光も変化。
3階の没頭エリアは、時間帯に合わせて集中しやすいように音や光も変化。

また、このフロアには、近江商人の経営哲学である「三方よし」(売り手よし・買い手よし・世間よし)に倣い、地域課題にもアプローチしたデザインが取り入れられています。 「空間には、滋賀らしい素材を取り入れました。ひとつ目は、琵琶湖に生息する植物『葦(よし)』をドライフラワーにしたものです。葦は琵琶湖固有の種で、生き物の住みかとなり、水を浄化する役割も担っています。しかし、毎年刈り取らなければ水質の悪化につながってしまいます。かつては茅葺き屋根や簾などに活用されていましたが、現在は需要が減少しています。地域資源の循環を考えるという意味でも、新たな活用の可能性を見出したいという思いから、葦を採用しました」

3階執務室に施された、葦のドライフラワー。カウンターの両サイドには、花崗岩由来の砂を混ぜたコンクリート材が使用されている。
3階執務室に施された、葦のドライフラワー。カウンターの両サイドには、花崗岩由来の砂を混ぜたコンクリート材が使用されている。

「二つ目は、近江八幡で産出される花崗岩の活用です。この花崗岩は風化すると信楽焼の土になりますが、地質が柔らかいため、土砂崩れの一因ともなっています。執務エリアのセントラと没頭エリアのプランターテーブルには、この花崗岩由来の砂を混ぜたコンクリート材を使用しました。また、信楽焼の植木鉢を取り入れるなど、素材を通して近江八幡の地域性を感じられる空間になっています」

3階の執務フロアから階を上がると、4階には食堂とイベントスペースが広がります。このフロアは、日常の食堂としてだけでなく、イベントにも活用できるエリアへと生まれ変わりました。

「慢性的に席が不足しているという課題もあり席数を増やしました。さらに、休憩時間はひとりで過ごしたいというニーズも多かったため、カウンター席も積極的に増やしています」

4階の食堂。窓際には、オンライン会議もしやすい個室ブースも設置されている
4階の食堂。窓際には、オンライン会議もしやすい個室ブースも設置されている

大胆なリニューアルによって生まれ変わった滋賀のチェア工場。イトーキでは社員のパフォーマンスをデータで測定しているため、その変化は今後、数値としても見えてくるでしょう。共創や没頭の時間、地域と向き合う姿勢が、働き方やものづくりにどのような変化をもたらすのか。その答えは、これからの時間の中で明らかになっていきます。明日の「働く」をどうデザインしていくのか。その実践のひとつが、ここ滋賀にあります。イトーキの新たな歴史は、創業の地から、静かに動き出しています。

Photo :Takuma Hosoi
Text : Michiko Inoue
Edit : Takahiro Shibata(Kichi)