
2025年10月に東京・青山にオープンしたイトーキのデザイン発信拠点「ITOKI DESIGN HOUSE AOYAMA(イトーキデザインハウス青山)」。このオープンに合わせて、6月にローンチしたイトーキの新ブランド〈NII(ニー)〉のプレゼンテーション「THE STAGE by NII- 働く人が躍動する舞台」が期間限定で開催されました。この会場で、イトーキのチーフクリエイティブディレクターとして、〈NII〉を率いる田幸宏崇さんと、プロダクト・デザイナーのTodd Bracher(トッド・ブレイチャー)さんに、ブランドに込められた想いを訊きました。
仕事が魅力的ならば、そこに人が集まる
—まず、〈NII〉の出発点からお聞きしたいと思っています。どのような経緯からこのブランドが誕生したのでしょうか?
田幸宏崇(以下、田幸):
僕はイトーキの新ブランドの立ち上げに途中から参加しました。前職のソニーにいた際にはロンドンに住んでいて、ちょうどコロナ禍でもあり、デザイナーをはじめとするスタッフたちとリモートの環境や働き方を考える機会があったんです。その時、オフィスを考えることって楽しいし、これからもっと重要になってくると思ったんですね。

イトーキは、空間やデジタルを含めたコンサルティング、働き方まるごと提案するビジネスモデル。その中で考えるプロダクトは、バラエティあるものになれるなと思ったんです。プロダクト・デザインの幅が広ければ広いほど、その空間デザインの提案の幅も広がります。イトーキでは〈kettal(ケタル)〉や〈Knoll(ノル)〉などの海外ブランドの家具も扱っていますが、いわゆるオフィス家具ではサポートしきれない家具、いわゆるパブリックスペースとオフィスの間にあるような、ユニークなカテゴリーが存在できると思いました。
オフィス家具は10年、20年という長期間、不特定多数の人に使われるサスティナビリティと拡張性がなきゃいけないんですよね。その上で、インパクトのあるデザインのブランドにすることは、結構難しいチャレンジでもありました。

—いまのお話にもつながると思うのですが、〈NII〉では「働く人が躍動する舞台」と表現されていますよね。なぜ舞台という言葉を選んだのでしょうか?
田幸:
オフィスで重要なことの一つに、行きたくなる場所、集まりやすいことが挙げられると思います。その方法の一つとして、カフェや家のように寛げる場所にする方法もあると思います。でもそれって本当に仕事にとって良いのかなと思ってしまって。もちろんそういう機能も必要ですが、それだけだと人は集まらないと思いました。
そもそもオフィスは仕事をするためにあるものじゃないですか。仕事が魅力的だったら、人は集まるなと思ったんです。それってエンターテインメントに近いなと。映画やスポーツ、このライブでコミュニティが生まれて、その会話が生まれるイメージです。マグネットになるような場所を作れば、そこが集まった人たちが主役になって、そこがステージになるのではないかと考えました。

—なるほど。いまの田幸さんのお話の「舞台」というキーワードを聞いて、トッドさんは自身がデザインした〈NII〉の「BITMAP(ビットマップ)」にはどんな共通点を見つけましたか?
Todd Bracher(トッド・ブレイチャー、以下トッド):
舞台にはセットと演者が必要ですよね。家具がセットならば、人間がいないとかなり退屈な演劇になると思います。だから人が使うこと、それが本質だと思います。
また、正直なところ、プロダクト・デザイナーは建築の中に家具が存在することをあまり考えません。私が考えるいい家具とは、建築と関係するものです。「BITMAP」のようにどの方向からも使えるものは、その可能性を引き出す助けになると思います。
—一般的なソファは壁に背を付けることが多いですが、これは組合せ次第でさまざまな場所に置くことができますよね。田幸さん、〈NII〉には4組のデザイナーが参加していますが、どんなことを期待しましたか?

まず、世界的に活躍するデザイナーを起用しています。色、グラフィック、コミュニケーションに強いRodolfo Agrella (ロドルフォ・アグレラ)や、建築家のAMDL CIRCLE (エーエムディーエル・サークル)など、バラエティがあるようなデザイナーたちが集まりました。新しいブランドなので、あまりガチガチに固めず、自由に考えてもらいました。正直、デザイナーたちの制作と平行して、ブランドのロゴやコンセプトも作られていくようなプロセスだったので。
—なるほど。トッドさん、〈NII〉のチームとのコミュニケーションで、印象に残っていることはありますか?
トッド:
いつもならば、クライアントから問題を投げかけられるのですが、今回は自ら問題自体を投げかけて解決策を提案する形でした。新しいブランドとの仕事で難しいことは、歴史もアイデンティティもないから、参照できるものがないということなんです。でも興味深いことに、私たちはこのアイデアにたどり着きました。
最初に「BITMAP」を提案した時、肘掛け部分が浮いているような、物理法則を無視したアイデアだから、クレイジーすぎて受け入れられないのではないかと思っていたんです。しかし、〈NII〉のチームにはとても好意的に受け入れ、やってみようと言ったことに驚きましたね。

—田幸さんは最初にこの提案を見てどのように思いましたか?
田幸:
重力を無視しているので、まず無理だろうと思いましたね(笑)。一方で、真面目なトッドが斬新な提案してきたことが興味深く、組合せ次第で100通りぐらいのプロダクトが作れることも面白い。最終的にエンジニアが、座面と肘掛けに45度に傾けた鉄板を入れて持たせようというアイデアを提案し、実現しました。
トッド:
これを実現させるアイデアは私の頭の中にもあったのですが、あえてそこまでは提案しなかったんです。すると〈NII〉チームから提案されたアイデアの方が良かったんです。自分の仕事ではそういうことが多くて、エンジニアのいる会社に対しては、提案を考えつつも、彼らのやり方をリスペクトしながら進めたいと思っています。
100年後も、人はつながりを求める

—最後に、おふたりに質問です。10年から20年後の未来では、どのような働き方になると思いますか?
田幸:
VRが発達し、リモートでのコミュニケーションの齟齬は減っていくと思います。デジタルと現実の境は近づいていくことは、ポジティブに捉えています。でも一方で、20年後くらいだと、匂いなどの感覚まではリアルに追いついてはいないと思うので、オフィスはまだまだ必要だろうと思います。
トッド:
インテリアの役割は400年間ほぼ変わっていなくて、同じ原則が当てはまります。人はつながりや安全性を望みますが、それはずっと変わらない人間的な要素なんです。だから10年、いや100年後も、人々はまだつながりたいと思っているはず。そして仕事のスタイルは、会社によって決まると思います。既にそうなりつつありますが、企業はさまざまな方法で差別化を図るでしょう。

田幸宏崇
千葉大学で空間デザインを学び、TOTOを経て、2003年にソニー入社。欧州拠点でプロダクト・空間・インスタレーションの企画に携わり、ミラノサローネなどにも出展。帰国後はテレビや新規事業領域を中心にグローバルなクリエイティブを統括し、2019年より欧州デザインセンター長としてブランド戦略を牽引。2025年、イトーキのチーフクリエイティブディレクターに就任。“Ingenious design-創意創発するデザイン”をコンセプトに掲げるグローバルファニチャーブランド〈NII〉のクリエイティブディレクションも手がける。国内外での受賞歴多数。

トッド・ブレイチャー
工業デザイナー/デザイン戦略家。ニューヨークを拠点に3M、バーバリー、イッセイミヤケ、ハーマンミラーなど、世界的ブランドと協業。家具から美容、テクノロジー、科学分野まで幅広く手がけ、200以上の製品開発、40以上の受賞歴、20件以上の特許を保有。文化的多様性と科学的思考を融合させた独自の手法で、持続可能かつ本質的な価値をデザインに落とし込む。『Wallpaper*』誌の「トップ・グローバル・デザイン・インフルエンサー」に選出。
Text : Michiko Inoue
Edit : Takahiro Shibata(Kichi)