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「小石を投げ続ける」ことが、変わる近道(前編)/柴田文江 (プロダクトデザイナー)

©Yasuyuki Takaki

ITOKI DESIGN HOUSE(イトーキデザインハウス)では、建築・インテリア・プロダクトなど、さまざまな分野で活躍する方々に、お話を伺う「DiALOGUE (ダイアローグ)」を定期的に開催しています。今回登場するのは、デザイナーの柴田文江さん。大ヒットしたイトーキの「バーテブラ03」のデザイナーであり、他にもオムロン「けんおんくん」をはじめ、息の長い商品を開発されてきました。グッドデザイン賞など数々の賞を受賞され、その活躍は華々しいものですが、実は独立後「全然売れなかった」と言います。今回は柴田さんがどんなキャリアを歩んできたのか話を伺いました。

無名時代と最初の転機

柴田文江(以下柴田):
今回は私のキャリアについてということで、初めて自分でデザインしたプロダクトから話をしていきたいと思います。最初はインダストリアルデザインから始まりました。90年代に東芝に入社して、最初に担当したのはクルクルドライヤーのデザインです。医療機器をデザインしたくて東芝に入社したのですが、同期の筑波大卒の女子が医療機器に配属され、私は違う部署に。全然期待されていなくて、5年で辞めるなんて言われていましたね。3年で辞めましたけど(笑)。ちょっと生意気な社員だったと思います。

独立して、30代は全然売れなかったんですよ。プロダクトデザインの分野ではエージェントもないし、今みたいにフリーランスの人がほとんどいなかったんですよね。当時はまだインターネットもないし、私がここにいるってことを誰も知らないので、仕事が来るわけがない。

それで、デザインコンペに応募しました。コンペに出すっていうのは、当時唯一、世の中に自分の作品を見せる機会でしたから。独立して間もない頃にデザインした体重計「tumbler」が、部門賞を受賞しました。起き上がり小法師のような体重計で、踏み台にしても勝手に起き上がるから、場所を取らないんです。これが雑誌のAXISに小さな記事が掲載されました。そこから、少しずつですが小さな仕事が来るようになりました。

海南デザインコンペティション|Tumbler

当時は知り合いの事務所のゴーストデザイナーをしたり、専門学校で先生やったり。学習用品の朝顔の鉢や電池で動く車とか、そういったもののデザインもしていましたね。

—デザイナーを辞めようと思わなかったんですか?

柴田:
自分では「これは歯車がはまってなくて、上手くいけば回るんだ」と思っていたんです。親も自営業をしているので、フリーランスこそが、自分のやり方だとも思っていました。でも私はフリーランスになることが目標になっていた。フリーランスは状態であって、目標ではない。父親にお前は「フリーじゃなくてプー太郎だ」って言われるくらい、仕事がありませんでした(笑)。

ターニングポイントになったのは、無印良品の「体にフィットするソファ」をデザインした頃ですね。投票で人気だったものを商品化するという取り組みで生まれたプロダクトです。当時はこんなに長く売られるものになるとは思いませんでした。

無印良品|体にフィットするソファ

名前が出せないこととの戦い

柴田:
ここから少しずつですが、コンペに呼ばれるようになりました。体重計「tumbler」を見た人から、ベビー用品のコンビのデザインコンペに呼んでいただきました。私を含めた3組が参加していて、1社はフランスの会社、もう1社は大きな会社。提出物はコンセプトだけでいいというコンペでしたが、最終的に24アイテムをデザインしたんですよ。

combi|babylabel

—コンペでコンセプトだけを出してほしいというのは、珍しいですね。

柴田:
そうなんです。もうそれしか勝ちようがなかったし、結局、かたちを作りたかったんだと思う。ライバルはメジャーな人たちでしたし。

—柴田さんが女性だからコンペに呼ばれたのだと思いましたか?

柴田:
その時女性は私1人だけで、それは感じていました。その後、私がデザインしたものだけど、もう少し実現に向けての調整は他の人にやってもらった方がいいんじゃないかとも言われて。でも私のオリジナルだから、やりたいということははっきりと言いましたね。他にも色々と激しい戦いがありました(笑)。

この象印の家電「ZUTTOシリーズ」は、「デザイン家電」のはしりですね。発売時、私の名前を出してもらえなかったんですよ。それはものすごいショックでした。他の仕事でも、自分のウェブサイトに作品を載せると、載せないでくださいって電話がかかってきたり。

象印|ZUTTO

ーデザイン家電でも当時は誰々のデザインって名前を出さなかったんですね。

柴田:
まず、フリーランスのデザイナーがほとんどいなかったので、海外のデザイナーならともかく、日本人でしかも私みたいな無名の人の名前を出す必要がなかったのだと思う。それに、デザインを外注していることを対外的に言いたくない会社も結構あったんじゃないかな。今はそういう時代ではなくなったけど、当時は名前を出さないことが美徳みたいな風潮もありましたね。

ただ、私は出さないことには次の仕事が来ないから、自分のウェブサイトぐらいには出したい。それで怒られたりしてたんだけど、自分なりに戦いました。すごくエキセントリックな人だと思われていたと思う(笑)。

ーでも大切なことですよね。仕事でめちゃくちゃ悔しいことってたくさんあるじゃないですか。

柴田:
いっぱいありました。でもこれは多分その中の1番か2番ぐらい悔しかったかな。デザイナーにとっては作品が名刺だから、隠されちゃったら営業できないじゃないですか。写真家やグラフィックデザイナーは名前が出せるのに、なぜプロダクトだとダメなんだろうと思っていましたね。

ーいまではデザイナーの名前が公表されているのって、そういう戦いの積み重ねなのかもしれませんね。

無印良品の「体にフィットするソファ」をきっかけに、柴田さんのキャリアは大きく動き出しました。けれどその先には、まだ「渋谷系」と呼ばれる時代、そして“ロングライフデザイン”へと向かう新たな転機が待っていました。

柴田文江

柴田文江

山梨県出身。武蔵野美術大学卒業後、東芝デザインセンターを経てDesign Studio Sを設立。日用品から医療機器、ホテルのディレクションまで幅広く手掛ける。代表作に無印良品「体にフィットするソファ」、イトーキ「バーテブラ03」など。iFデザイン賞 金賞、グッドデザイン賞 金賞など多数受賞。

http://www.design-ss.com/dss.html

Interviewer: Misako Fujimoto(inu.llc)
Text : Michiko Inoue
Edit : Takahiro Shibata(Kichi)