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変化の大きい時代にこそ、哲学的なアプローチで未来を描く/ミケーレ・デルッキ(建築家・デザイナー・AMDL CIRCLEファウンダー)

建築、インテリア、プロダクトなどさまざまな分野で活躍する方々にお話を聞く「DiALOGUE(ダイアログ)」。今回は、ITOKIの新ブランド〈NII(ニー)〉の「PIGNA(ピグナ)」をデザインした、AMDL CIRCLEファウンダーで建築家・デザイナー・アーティストとして活躍するミケーレ・デ・ルッキさんが登場。建築家を志した頃の話から、伝説のデザイナー集団メンフィスの話、最新のプロジェクトまで、ミケーレさんのキャリアを語ってくれました。

photo: 神宮巨樹(OOKI JINGU)

Michele De Lucchi(ミケーレ・デ・ルッキ、以下ミケーレ):
2年前に、ハーバード大学で建築とデザインを学ぶ学生に向けてレクチャーをする機会がありました。ハーバードの学生は頭が良すぎるので、何かを新しいものを準備する必要があるだろうと思い、このような新しい方程式を準備しました。

ミケーレが考える、A=El(q)の方程式。photo: 神宮巨樹(OOKI JINGU)

A = E I ( q )というこの⽅程式は、EI(Environmental Installation:環境への働きかけ)、そして q という定義しにくいミステリアスな変数の2つの要素で成り⽴っています。この2つが組み合わさることで“A=建築”が形づくられるという考え⽅です。急激な変化が続く時代において、q はその変化に歩調を合わせようとする私たちの能力、そして未来への希望とも言えます。この方程式は、環境への働きかけ(Environmental Installation)と、人間がもたらす変化との関係性に着目したパラダイムです。人間と自然のバランスを探りながら、その文脈に応じて変数に意味を与えるのはデザイナーの役割であり、そこには建築家としての社会的な責任も含まれています。

―現代の日本もイタリアも、いま明日がどうなるか予測しにくい状況だと思います。でもイタリアのデザインの歴史を振り返ると、70年代にも色々な運動が起きていて、同じように未来を予測しにくい状況だったのではないでしょうか。ミケーレさんは70年代にはどう過ごしていたのでしょうか?

ミケーレ:
私たちは将来を予言することはできませんが、状況を理解する能力がある、それだけは確かだと思います。この写真は70年代の私のディプロマでの写真です。最初は当然、建物を建てることを目指していましていましたが、時間とともに社会を理解することに重きを置くようになっていきました。

1973年のミケーレ・デ・ルッキ。photo: 神宮巨樹(OOKI JINGU)

―面白い写真ですね。なぜナポレオンの格好をしているのですか?

ミケーレ:
皮肉的に、ある映画のワンシーンを再現しているんです。大学の教授たちは、建築を設計する上でどんなものにするのか、都市のレイアウトはどう計画するのか、そういったことを提示しなければならないという話をしていました。それはまさしく、どうやってナポレオンになるかという話をしているように思えたんです。

1975-76年に設計した、塔のようにそびえ立つ建築の提案。

これも私のディプロマです。住むのが非常に危険な家を作ろうとしました。建築家は何かを追うのではなくて、自分から発信できるようなものを作るべきなんです。当時の教授たちは正直あんまり理解してはくれなかったんですが、いまでの中で1番いい成績をもらいました。

―70年代は、建築にとっては大きなムーブメントがあった時代でもありましたよね。

ミケーレ:
はい。ラディカル・アーキテクチャーと言って、誰かがつくったスタイルを追うのではなく、自らこれまでにないものを作り出すことです。私もそうしたいと考えていました。

父のようなエットレ・ソットサスとともに

ミケーレ:
80年代になると、デザイナー集団のメンフィスで活動を始めました。メンフィスは、当時の流行に対して反逆的な姿勢をとっていました。当時はインテリア、ファッション、アートという幅広い分野で、非常に大袈裟なかたちのものを発表したり、反撃的な姿勢を打ち出していました。

1983年のトリエンナーレ・ミラノ内のメンフィスのオフィス。

―これは、1983年のトリエンナーレで発表された展示作品「Research for an Office Environment」の写真ですね。ミケーレさんは20代、30代、さまざまなことに挑戦されたようですね。

ミケーレ:
私は非常にラッキーだったんです。大学時代に、エットレ・ソットサスから学ぶことができました。想像力や空想をもとに建築を組み立てることができること、それを彼から学べたことは大きかったですね。ソットサスと私は父と息子のような関係で、10年ほど一緒に活動をしました。面接も一緒にやりましたし、彼から、タイプライターで有名な〈オリベッティ〉も紹介してもらい、そこでチーフデザイナーも務めました。

ありがたいことに、彼は世界中のデザイナーに私を会わせくれました。倉俣史朗さんや三宅一生さんたちとも関係を築くことができ、それは長い付き合いになりました。

photo: 神宮巨樹(OOKI JINGU)

ミケーレ:
90年代は、私にとって新しいフェーズで、自分の手を使って作ることを始めました。特にサステナビリティでの新しさがありました。その当時の建築のムーブメントでは、ただ家の形や柱、素材を決めて建てるということよりも、実際の生活を喚起させることが大切でした。

ミラノのスタジオで、自ら木工を制作。

―建築家から、どんどん職人のようになっているのが興味深いですね。いまもこのようなプライベートな制作を続けているそうですね。

ミケーレ:
はい。実際に私が、木のモールドを作り、それを元にデザインの基盤にしています。2010年代に入り、スタジオはAMDL CIRCLEへと進化しました。日本やアメリカを含む、約40名のデザイナーからなるグループです。2019年に導入した“CIRCLE”の名称とシンボルは、この変化を象徴しています。歴史的なデザインの継承を抱えながら、一方で人やアイデア、さまざまな分野が交わるための開かれた入り口として機能する形です。

AMDL CIRCLEのメンバー。

ここでの私たちの活動は、社会にどのような変化が起こるべきなのか、私たちはどう適応するべきなのか、そしてどのような生き方を選ぶべきなのかを問い直すことを目的としています。

取り組んでいるプロジェクトのひとつが「EARTH STATIONS」です。これは依頼主のいない独立した研究活動として行われており、建築家が世界をより良くするために何ができるのかを探っています。“ステーション(stations)”という言葉を選んだのは、建築(architecture)とは異なり、継続的な変化を前提としているからです。固定化されたものではなく、時間とともに進化していく存在なのです。

なかでも「EDUCATION STATIONS(教育のステーション)」は特に重要なテーマです。そこでは既存の知識をどのように変化へ応答させるか、そしてその考え方を次の世代へとどう受け渡すかが問われています。

「EARTH STATIONS」の概念図。

―この図の中の、「HAPPY STATIONS」というネーミングはミケーレさんらしいですね。

ミケーレ:
「HAPPY STATIONS」は住宅、集合住宅についてのことです。住まいは、住む人の幸せや望んでいることを考えずに作られているという問題点から、幸せやコミュニティについて考えました。例えば、趣味の音楽や料理をシェアして生きていくことでハッピーになれる、そういったものを考えて建物を設計することを目指しています。

リアリティを追い求めた、哲学的な思考

ミケーレ・デ・ルッキ(左)と、ADMLCIRCLEのダヴィテ・アンジェリ。新作のかっこPIGNA」での一枚。photo: 神宮巨樹(OOKI JINGU)

ミケーレ:
ここまで来ると、A=El(q)のこの方程式がどういったものなのか、なんとなく伝わっているのかなと思います。

「Bridge of Peace(平和の橋)」は、ジョージアの首都ドリビシの、ムトクヴァリ川(クラ川)にかかる橋です。ロシアとジョージア間で起こったジョージア・オセチア紛争の後、ロシアは平和のシンボルを求めていました。しかしジョージアはモニュメントを作ることに抵抗感があり、私はモニュメントの代わりに橋を提案しました。

この橋は歩行者用で、車は通れない。インフラではないんです。橋は人間や文化をつなぐというメッセージ性を持ちながら、対岸を繋ぐという、非常に役立つ機能があります。人間は動物のなかで唯一、シンボルによってお互いを理解したり繋がりを得ることができる動物だと私は捉えています。

ジョージアの「Bridge of Peace(平和の橋)」。

2年前に取り壊されそうになりましたが、ジョージアの人々が強く反対をしました。そういった経緯もあって非常に愛されるものになったと思います。

―素敵な話ですね。最後に、最新のプロジェクトについても教えていただけますか。

ミケーレ:
神戸の六甲山に計画中の学校です。これは個人的にも好きなプロジェクトのひとつです。イタリアの小さな村のような構成をしていて、建物内にはジムやシアターや教室、ドミトリーができる予定です。いまの子どもたちは頭は鍛えられていると思いますが、心はどうでしょうか。こういった自然に囲まれた環境で、メンタリティについての大事なことを学べる、そういった場になる予定です。

計画中の「North London Collegiate School Kobe(NLCS Kobe)」。

私たちが取り組む上で大事なことは、クライアントと一緒にプロジェクトを進めることももちろん、そのうえで、リアリティを探求していくことです。可能な限り優しい解決策を見つけることが大事だと思っています。

ここ最近は、実際にそのデザインをするよりも、どう実現するかの考え、より哲学的な役割を担うようになってきました。だから私は何を見て感じるかを、同僚たちに伝え、一緒にその考え方を共有していきます。今後も哲学的な部分を大事にしていきたいと思っています。

ミケーレ・デ・ルッキ

建築家・デザイナー・アーティスト。1951年イタリア、フェラーラ生まれ。メンフィスの中心メンバーとしてポストモダンデザインを惹きつけ、〈Artemide〉の照明「Tolomeo (トメロオ)」などで国際的な評価を獲得した。〈Olivetti〉のデザインディレクターとしてオフィス環境の革新的なコンセプトを提案する一方、〈ALESSI〉など世界のブランドと協業し、家具から建築、都市スケールのプロジェクトまで幅広く手掛けている。ADML CIRCLEの活動を通じて、歴史や職人技、地域性への洞察と未来志向のテクノロジーを融合させながら、人間中心かつ持続可能な空間とプロダクトを提案し続けている。

Photo : 神宮巨樹(OOKI JINGU)
Interviewer: Misako Fujimoto(inu.llc)
Text : Michiko Inoue
Edit : Takahiro Shibata(Kichi)